長所と短所はどちらも一緒であるという話をします。これを聞いてピンとくる人にはここは読まなくても大丈夫です。

自己分析などを行うと、自分の長所と短所をたくさん書き出す、ということを行うのですが、人によっては「短所はたくさん書けるけど、長所が少ししか書けない。」という人出てきます。

しかし、これは根本的に間違えているのです。

長所も短所も言い方が違うだけであり、「そこに存在していること」は同じです。

たとえば、時間にルーズの人がいたとします。

そこには「よく遅刻をする」という事実があるわけですね。これを「ルーズ」という悪い言い方で表現しているだけの話なんです。

良い言い方をすれば、「時間に縛られない」と表現できます。

このように考えると、短所だけ書けている人というのは、「短所的な表現しかできていないだけ」、と言えることになります。

短所のように、何かを「悪く言う」ことは比較的簡単なことです。

普段もそのような表現を使うことが多いからかもしれません。

ただ、さきほども書いたように、必ずそこで起こっている事実があるわけですから、

「言い方だけの問題」と考えれば、随分と考えやすくなるのではないでしょうか?

個人的なことですが、私は仕事について、複数のことを同時に進められません。

これは「集中型タイプ」という言い方にして表現するようにしています。

一度にたくさん仕事を指示されて、それが達成できなかったときは「自分は集中タイプなので、一度に複数のことが進行できないのです。」という切り返しをしていました。

このような感じで、「自分をどうアピールするか」ということに繋がってきますので、長所と短所は言い方だけの問題である、ということを覚えておいてください。

自分の性格をきちんと把握できている人は意外に多くないと思います。

鏡で映さなければ自分で自分の姿が見れないのと同じで、自分の性格というのも自分では見えにくいものなのです。

「自分の性格なのだから、自分が一番よく知っている。」

と思う人は、一度自分自身の性格について、友人や家族に聞いていてみてください。

高い確率で自分の考えとは違うことを言われるはずです。

「でもそれは他人から見た性格なのだから、自分の考えとは違って当然。」

と反論する人もいるでしょう。

確かに違うことは当然と言えば当然ですが、世の中には大きく分けて、自分で自分を見た性格と、他人から見た自分の性格があるわけです。

そして、ほとんどの場合、他人から見た方が圧倒的に性格を判別できているのです。

あなたも友人の性格を思い浮かべてみたときを想像してみると、例えば、あなたから見たら圧倒的にまじめな性格の友人が、本人は全然まじめではないと主張したりすることがありますよね。

友達はあくまで冷静に自分を判断しているようですが、あなたはその友人を世間一般の人たちと比べた上でそう思っている訳です。

実際は自分自身のことを冷静に判断しようとしても、余計なフィルターが入ってしまうので、冷静な判断をすることは難しくなるのです。

(余計なフィルターとは、自分自身を愛する気持ちなど。)

それから考えると第三者視点の方が、性格をある程度正確にとらえているような感じがしないでしょうか。

これと同じで、基本的にあなたはあなた自身の性格については冷静に判断できていないということになる訳です。

ですから、自分の性格を考えようとしたら、必ず「他の人の意見を聞く」ということをするべきです。

他の人からの意見を聞いていると「そんなことは全然ない!」と思うことがあるかもしれませんが、そういった意見もすぐに切り捨てないでください。

それはあなた自身に存在する一面として「とりあえずとっておく」べきです。

人の性格を表現する、というのは長所と短所を言うのと同じで、表現方法の1つに過ぎません。

つまり、「そんなことは全然ない!」と思う指摘であっても、1つの表現方法に過ぎないということです。

相手にその表現をさせてしまう「何か」があなたにはあったということかもしれませんね。

学生の中には自分のことを理路整然と話してくる人がいます。

言いたいことは分かるのですが、こちらとしては正直あまり心が動きません。

なぜなら、そこに「人間味」を感じないからだと思います。

全てを感情的に伝えることが良いと言っているわけではありませんが、大学生になって表現力が付いてくると、妙に冷静な分析した伝え方をする人が出てきます。

「私は時々、冷静さを欠いてテストでも間違いを犯す時があるので、落ち着いてテストに取り組めるよう、ある程度早めにテストを始められる体制を整えるように心がけています。」

と、このような文章があったとします。

自分のことをとても冷静に判断できているとは思いますが、人としての興味というか、こちらから見たときのその人の魅力のようなものが感じられません。

これなら、たとえば、

「私はあわてると頭が真っ白になってしまい、後で見返した時にビックリするような間違いを犯してしまうことがあったので、早く席について1つ深呼吸をするようにしています。」

という文章だけにしてしまってもいいように感じます。

これならば、あわててしまう性格も分かりますし、それを自分で理解して対策を立てていることもわかります。

表現はシンプルでも十分に伝わるのです。

「うっかりすること」というのは誰にでもありますから、それらをあまり理論的に言いすぎずに、自分なりの対策の部分に重点を置いて伝えることが大切です。

自己PRは、志望する企業理念や経営理念に基づいて考えるべきではありますが、あくまでそれは最終段階の話です。

 

まずはとにかく自分自身がどのようなアピールができるのか、を考えることからスタートになります。

つまり、自分の武器となるポイントを取り揃えるわけですね。

 

ここで1つ私は定義をしておきたいと思います。それは、

「自己PRとはあなたから企業に対するオファーである。」

ということなんです。

 

オファーとは「提案」ですね。

たとえばテレビショッピングなどで、

「期間限定」

「いまだけ●●円」

「定期購入ならさらにお得」

これらのものがオファーにあたります。

 

こんな感じで、自己PRというのも志望する企業へのあなたからの提案なんですね。

これをもとに考えると、自己PRで、

「私はテニス部の副部長でした。」

といったアピールは、「で?だから何?」となるのは当然です。

これでは提案になっていませんね。

 

オファーということは、つまり「相手のメリット」についても考えることが重要だということです。

営業の人が飛び込みでお客様のとこそへ行き、お客様にメリットのない話をしていては、まず成果を上げることはできませんよね。

 

面接についてもあなたが出すオファーが、志望する企業のメリットを考えないものであっては全く意味がありません。

 

では、面接における相手のメリットとは何か?

「それは面接官が求めている人材であることをアピールする」

ということです。

「面接官が求めている人材」は、面接官によって違うかもしれません。

ですから、やはり企業理念や志望動機に添ったオファーを投げかける、ということは理にかなった自己PRであると言えるのです。

自己PRは面接や履歴書などでほぼ必ずと言っていいほど聞かれます。

この自己PRとは、一体何に注意して話をすればいいのでしょう?

 

はじめにお伝えしたいのは、「自己PRと」一口にいっても、あなたが相手に伝えたいと思っている「自分が伝えたい自己PR」と「企業は何を求めているのか?」という視点から導き出した「企業視点からの自己PR」の2種類がある、ということなんです。

 

多くの人は「自分が伝えたい自己PR」を一生懸命に考えています。

 

しかし、採用試験はあくまで企業側が採用するかどうかを決めることなので、「企業視点からの自己PR」について考えなければいけません。

 

この「企業視点からの自己PR」は、企業がどういう人材を求めているのかを想像して自己PRに盛り込んでいきますが、そうは言っても頭の中で「こんな人材が欲しいんじゃないかな?」と漠然と考えるだけでは意味がないのです。

 

そうではなく、その企業が「企業の軸としている考え方」に基づいて考えます。

「企業の軸としている考え方」というのは企業理念や経営理念というものですね。

 

人によっては、この企業理念や経営理念を自己PRや志望動機に入れるのはよくない、とアドバイスしている人を見かけますが、そんなことはありません。

 

むしろこの企業理念や経営理念を無視した自己PRや志望動機は、求職者のただの一方的なアピールになってしまいます。

 

あなたにはあなたの主張があり、企業には企業が軸とする考え方があります。

それをお互いに理解した上で初めて面接などの採用試験がスタートするのだと思います。

カテゴリ

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.13-ja